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更新を怠ってしまいましたーーー。



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随分、、、、
更新を怠ってしまいました。

先日、トイレで母をドスンとしてしまい、
背骨を圧迫骨折させてしまいました。

自分の不注意で、
穏やかな介護生活にとどめをさしてしまった。

母の寿命を縮めてしまった!とか、
もう戻れないのでは!!とか
今まで母とリハビリ頑張ってきたのに、
後悔しきれない感じでした。

そんな中、仕事をキャンセルしたり、
お直し預かりぱなしや、
約束キャンセルしたり、
たくさんご迷惑かけたりして、
自分のせいじゃないよーとアドバイスもらったり、
声かけて頂き、ありがたかったです。

毎週2回来てくださっている訪問リハの先生に
大変お世話になって、
リビングに介護ベット入れて、
介助方法を色々教わって、
この時期は安静にするのが大事と教わり、
結局4週間寝たきりの生活をさせることになりました。

インフルエンザさえも3日で起こしたのに、
こんなに長くだと、
もう起き上がれないのでは、、、と
泣いたりしていたのですが、
自分では、かわいく泣いている顔を客観的に、、、
見てみよう。

鏡で見たら、
ううう、って顔が相当ブスすぎて
泣くのをやめました!

ブスなので、
泣くのをやめよう、、
ホトトギス

前向きに、
がんばっていこう
ホトトギス

ホトトギス、、関係ないですが、、

寝てベットで食事はむせたりして、
食も細くなり、
これはまずいぞと何回も思いましたが、

それから3週間経ち、、
みるみる元気になり、、、、

4週間で寝たきり生活やめて、
椅子に座って、
食事するようになったら、
食も戻り、むせなくなりました。

家の中を車いす生活でしたが、
立ち座りから練習して、
すこしづつ立てるようにして、

床から立つのをやってみると、
まだ覚えていて
なんとか立つこと出来ました。

1か月寝ていたなら、
復活に3倍かかるとのことで、
母は認知症なので、
5倍、、10倍、、
かかってしまうと思いますが、
人間って元気になるんだなと、
実感しています。

それら、、、
いつかそんな日が来るかも
頭の片隅に想定していたのですが、
想定外のこともやってくる。

母に手がかかるので、
父は出来るだけ自分の事は自分でやってください、、
そう思って放置していたら、

父に母の介助を手伝ってもらっていたら、
グキ゚となったーーーと騒いで、
歩けなくなってしまい、、
仲良く同じ時期に同じ部位を圧迫骨折。

おしどり夫婦やってるんじゃねー!って
そんなに仲良かったっけと、、
w介護は本当に大変で、
泣きたくなりましたが、
かわいく泣くのではなく、
上を向いてウガ―――って感じ。

ちゃんということ聞く母の介護に
ストレスってのは進行の早さとかで、
母へのいら立ちはさほど感じなかったのですが、
いうことなんて聞くもんか!って父の介護に、、
元気で頭のしっかりした父の世話は、
無にならなくてはならない修行、、
仏像のように、、手で印相、、

父はずっと元気って思い込んでいたので
なんでも一人でやらないといけない状態に
ノイローゼ入ってしまいました。

慌てて介護申請して、
実費ですがベットをお借りして、
仲よく並んでリビングにベットも考えましたが、
おそろしい圧迫感なので、
和室にベットを置いて、
家具みたいなポータブルトイレも置いて、
すごい圧迫感です。

父ももようやく元気になり、
言うこと聞くもんか!に、
ますます拍車がかかりましたので、
早めに放置することにしました。

近くの整形外科、、、
すごい人気で普通に6時間待ちとか書いていて、
まさか、、、と思っていると
本当に6時間待ち。

母は訪問リハさんの関係、
違う整形外科にいっていますが、
待ちはなし、、、

もうひとつは、
大きな個人病院で、
先日父が何ともないと帰された所、

母は圧迫骨折とわかって
老人だから仕方ない、、
こんな風にしてだんだん歩けなくなるという
言葉だけもらい、、
何もやってもらえず帰されて、、、

父がまた歩けなくなったので、
大きい病院に行きたがる父を無視して、
今度は人気の整形に朝6時に並んで、
7時に受付して、見てもらい、、
その時はわからなかったのですが、

次の日、
MRIを大宮まで撮りに行って、
車いすで連れて行くというのに、
ひとりで電車で行くと、
とりあえずついていくと、
痛くて全く歩けないとのことで、、、

駅近くの病院に車いすなくて、
高島屋とルミネから、
行き帰り貸して頂き、
猛烈に手間がかかりました!!!!

ようやく圧迫骨折だと診断された。

4週間経って、
どうやら少し前に圧迫骨折していたようですと、
先日歩けなくなったのは圧迫骨折だったのだと。
大きな病院ではわからなかったようで、
ちゃんと養生しないと次々潰れてしまうようです。

人気のお医者は、
丁寧に見て下さり、
ありがとうと頭を下げたくなるのですが、
そんなに頭下げないでいいよーと。

母の医者の対応と全然違ってて、
神みたいに感じてしまいます。

コルセットを作ってくれて、
出来るまでさらしでできた
コルセットみたいのを巻いていたので、

母のお医者は何もしてくれなかったので、
母サイズでさらしコルセットを作って、
着けていました。

母の医者の場合
4週間経ち、、、
便秘の漢方薬が切れていくことに。

ケアマネから
ちゃんと動かしてよいか
お墨付きをもらって下さいと言われて行くと、

すっかり忘れていて
今更何が心配なの?と。

父の医者との差に、プルプルとなり、
他の医者はこんな風にしてくれるのに、
何故あなたは放置なのだと、
信頼全然できないんですけどと言ったら、
じゃぁ、、他に行けばいい、、と。

加えてこういうのです。

お父さんとお母さん、
治りに違いがあったのか、、、
明らかにコルセットしているお父さんが幸せなら
今から作ればいい、、って!

医師自身はアスペルガーって人間関係うまくいかない
って本を出しておられて、
受付にあったのを読んだので、
ストレートに言うことを意識して
猛烈に怒ったり、
考えをぶつけていたら、
それが先生の哲学と言うのが分かりました。

要するに、
母は高齢で認知症だから、
圧迫骨折という
運命に従うしかないらしい、、、、(笑)

先生じゃ不安なので、変えたいと思ったのですが、
今から変えても仕方ないので、
やはり先生見て下さいと言うと、

ずっと見るのは無理なんです、、、
怒ってるわけではないよ。
無理です。

まぁ、ね、、、
先生もずっとここの病院に通うとは思っていません、
とか言うと、

辞めるんです。
3月末で!

母の先生は辞めて他に行くようです、、、

医者を選ぶ努力とセンス、、、
医者って経験とかスキル
そして考え方って全然違うんだと
しみじみ感じました。

哲学ってのに則る医者の考えなら
私はありとは思いますが、

母はついてなかったと思おう、、、
これも私のミスですが、、、

究極な話ですが、、
無能な医者はあちこちにばらまかれていて、
選びそこなったら、命とりって場面も
あるんだろうなと思いました―――。

父は6時間待ちのお医者に通うことに
なったのですが、
怒られたり、呆れられたり
約束指切りさせられたり、、、
よくなってきています。

そんなこんなで猛烈バタバタしていますが、
なんとかみんな元気になっていくと信じて
時間はたっぷりあるので、
少しづつ頑張っています。







# by koguma-nao | 2019-03-14 11:54 | 介護

病院に人に怒りまくる、、、

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先日の話ですが、、
父はおかげさまで本当に元気なのですが、、、
聞いて下さい。

朝起きたら
父がお医者さんに行きたいといいだす。

前の日からおなかが痛いといっていたら、
朝になったら、
立てなくなったと。

慌てて、
病院に連れて行く。

近所の病院は、
駐車場がいっぱいなので、
長蛇の列を作って、
入り口まで行くのに、
とても時間がかかるので、
父はタクシーで、
私は自転車で向かう、、、

母を寝かせたまま、
ちょこっと戻れるように、
自転車を選んだ私、、

どうしよう、、
兄に来てもらえるか頼むか、、

父が入院なんてことになったら、
どうしよう、、、
不安で潰されそうになりつつも、、

タクシーより早く病院に滑り込み、
父を車いすで迎える。

そして受付で、
内科なのか?と聞いたら、
看護師さんが来て、
まずは整形外科へと言われる。

カルテを作ってもらうのに、
インフルエンザの患者が押し寄せているので、
座る椅子もないくらい、
待つ人であふれている、、

大きな病院でありながら、
事務員8人くらいいるのに、
パソコンが一台しかなく、、、
その他5人は、
保健証をコピーして、
ひたすら、ひたすら、、
まわりをはさみで切っている、、、

手が空いた人は、
無駄な動きとか、
お話したり、、
空のファイルを何回も整理したり、
混雑とは無縁にゆっくりゆっくり、

そして、パソコン役の人が、
必死に打ち込むことに専念していると思いきや、
いきなり歩き出す。

できた書類をもってうろうろして、
クリヤーファイルにセットし始めたり、

新しい診察券を段ボールから
選んだりしている、、、

お前はひたすらパソコンをやれやーーーと、

その他のお前らはコピーを待って、
どんどんセットしていけーー。

あー――同じ仕事を
みんなで話しながら
たらたらするな―――とか、

職場の問題点をじりじりしながら見ていた。

まずは早急にせめて後一台、
パソコン導入の必要性を、、、
などとイライラしながら見ていた。

それにしても、
作業効率悪すぎじゃないか!と、
ずっと立ったまま、
気が付くと一時間以上経っていた。

インフルエンザの人が多かったので、
父に受付から離れて待つように言っていたのだが、

視界の端っこに
父が車いすでこっちに向かってきている。

車いすで遠くに置いていたのに、
待ちきれずに、
遠くからキコキコやってくるのを、
キーーーンと近寄って、
ちょっと遠くで待っててください!と、
ここにいて下さい!!!と、

そんなことを何回も繰り返していたから、
目はキーーーっと、この上なく
つりあがっていたと思う。

カルテを作ってもらって、
診察券を出した時には、
もうすでにお昼くらいで、
母を放置していたこともあり、
私は一旦家に戻る。

母を起こして、
ご飯を食べさせ、
また寝かせて、
父の病院に向かおうとした途端、
電話がかかってきて、
もう終わった、、、って、

お腹は見てもらえなかったと、
しょんぼり言っていたので、
イライラしていたので、
病院に電話して、
酷すぎると猛烈怒ってしまいました。

看護師がぁー、
医者がぁ―ひどすぎると、
電話で怒ると、
今日はインフルエンザが200人も来たので、
対応が丁寧にできなかったとか、

それ、、、おかしい、、
おなか痛い人と関係ないですよね!と
怒りが抑えきれず、
事務員の仕事っぷりが気にくわなかったのか、
なんで整形なのかとか思いながら、
まずはね、見てもらってとか思った自分とか、
本当に怒ってしまい、
そんなひどい病院もう行かないとかまで思って、
言ってしまった。

今考えると、
何回も母を運んで、助けてもらっているのに、、、

ようするに、
もう受け付けは終わったから、
今からは見れないということ。

9時半に行って、
受付に11時までいて、
ようやく整形を見てもらって、
お腹は?となった時、
受付の12時が過ぎていた、、、

ひどいーーーと話していると、
救急の看護師に相談してもらって下さいと、
クレーマーには、
穏健派の看護師が登場するシナリオ。

その看護師は東北なまりのある人、
怒りの人のブレーキを斜め横から、
緩ませる効果を持つ。

おどうさん、、、
かわいそうなことしたすな、、

それで、
おどうさんとは連絡つくのすか、、

うちが秋田出身と知っていたのか、、
脱力するほどの東北弁に
怒りが収まっていた。

んだ、、んだなす、、、、と、
救急で見ますから、
おとうさんに来るように言って、、、と。

そこまで、なまっていたか(笑)

せっかく見てくれることになったのに、
父はもう疲れたから帰りたいとか言い出し、
つべこべ言わず行くんだよ!と、
またしても怒ってしまい、

母をポカポカカーペット上に寝転ばし、
上から羽毛布団をかけて、
今度は車に乗って病院に行く。

救急診療に4時間いて、
父は健康体だということ言うことが分かり、
なぜ急に痛くて立てなくなったのか、
よくわからないということだった。

その間、
色々なご家族の出入りがあり、
亡くなったご家庭もあったようで
苦しかったし、、、
ウイルス感染の人もたくさん来ました。

すごい痛いと病院にいったのに、
気が付くと元気そう。

父は自分で車いすを操作して、
そぅーと、私のそばから離れたりするのを、
ぎーーーと、戻して、
近くにしたり、、していました。
9時半から4時までいたのでした。

最後に医者に嫌味を言われる。

ここは救急なので、
こんな夕方に来ないで
できるなら午前中に来てくださいとか、

絶句してしまい、
9時半にいたのですけどね!
言えなかったです。

帰る時、
怒ったことを反省していたから。

見て頂いたお礼を東北なまりの看護師に伝えると、
おどさん、、、それでも痛かったら、
すぐ来てよーとか言って下さった。

ずっとポカポカカーペットの上に置いてきた母、
脱水症状になっていたらどうしようと、
気が気ではなかった。

急いで帰ると、
カーペットの電源が自動オフになっていて、
母は冷たく、
枕はよだれでびしょぬれとなっていた。

どうしよう、、
歩けないよーと言っていたのに、
父がテクテク歩いて、雨戸をしめている。

想像をはるかに超えた元気さに
ぷるぷる、、、となり、、
またしても怒りがこみ上げてきて、
ちょっとだけ痛かったのか!と、

どうしようと思った午前中。
兄に連絡しないで良かった。

何ともなくて良かったねーと、
優しく、、、言えなかったです。

まずは本当よかったです。








# by koguma-nao | 2019-01-22 15:05 | 介護

電車内での考察

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先日電車に乗っていると、
隣に大学生の男子がスパッと座ってきました。

スパッとスマートに、
小さく肩甲骨を折りたたんだのか(笑)

コートを着ているのに、風圧も感じず
石鹸のいい香りだけが鼻奥にツーンと来て、
スパッと隣に座ってきました。

石鹸の匂いの男の子は間違いなく良いぞと
どんなにモテない系の子でも、
好感持てるぞと思う、、

その男の子はスマートなおしゃれでありながら、
肩甲骨及び肩を小さく折りたたんだまま(笑)
全く邪魔にならず、
どうやら添削済みの大学のレポートの束を取り出して、
読み直そうと思っている様子でした。

大学それぞれレポートの表紙があるのだなと、
思った瞬間、

みないでください!みたいにサッと手首返す。

、、、見てないですがね。
みたいなふりを続けていたら、
キュっとなった手がほどけて、
レポートを読んでいました。

今回は見ませんでしたが、
私はよく
隣の人の何かを盗み見をしてしまうーー。

全く知らない人が、
どんな勉強をしているのか、
ちょっと気になってしまうのです。

以前隣に座った男の子が、
ラブレターのようなポエムを、
ひたすらレポート用紙に書いていたのを
横でずっと見ていたことあります。

わるいやつですね、、、

目線を遠くにしていると、
首筋に“絆”のタトゥーをもつおにいさんが!

絆の言葉が大きくクローズアップした時に、
入れようと思われたのでしょうか、、
感慨にふけっていると、

おもむろにポケットの中から、
香水みたいなものを取り出して舐めて、
連れの人に微笑みかけている。

完全に想像を超える行動。

三谷幸喜の映画、、、
デラ富樫がナイフを舐めるシーン笑えるが、、

香水を舐める人なんて相当な
クレイジーですが、、

あれははちみつかなんかだったら、、、、
かわいい、、、となる。
はちみつ持ち歩くって、ぷーさんかよ!と、

ひとりで妄想し、
遠くを見ていると、
石鹸臭の男の子が立ち上がる。

空いた席めがけて、タカタカと走って
ドスーーーーンと、
キムチ臭のおじさんが座ってきた。

キムチの樽から出てきたというより、
キムチを食べている胃から出てきたというタイプ。

私はくさいくさいほんとくさい、思いながらも、
小さく肩を折りたたんで座っていると、
おじさんは肩を広げて座って、
腕を私の腕に乗せているから、
私の目線の前で、貯金通帳を手にもっている。

早くしまえよーーと思っていると、
おもむろに、開いて金額を確認している。

あああ、、、、見てしまう―――人の通帳
パット飛び込んできて、脳に焼き付く

19,000,000!!!

おじさんが
コツコツ貯めたものとかもしれないが、
いやなものを見てしまったような
みちゃったじゃないのよ!と思ってしまった。

ちぇ―と思いながら、
20年以上通っている
渋谷のパスタやさんに向かうことに。

アルバイトの女性が、
20年前からいるのですが、
外見が変わらないし、
安定の無愛想っぷりで、
行くと覚えてくれていて、
よ、ひさびさ!とか言ってくれる。

最近は週一しかいないと聞き、
その曜日に行くようにしているが、
20年以上働いているので、
アルバイトではなく
もしかしてオーナーだったりと
思い始めている。

その女性がいるとホッとして、
いないと寂しい話をすると、
嬉しそうな顔をするのだけど、
つっけんどんにまた来てねという。

ここのパスタは本当にうまい、、
スープパスタなのですが、
うまい、、ニンニクがきいていて、、

家に帰ると父に何を食べたのか!
相当、、、にんにくくさいと言われる。

あああ、、私ったら、
電車で若い男の子の隣に座ったよ、、、
礼儀正しく嫌われないように、
ぶつからないように、
肩を出来るだけ折りたたんだのだが、

あんなに臭すぎの人嫌だと思ったのに、
自らが、ニンニク臭を放つ人に
なってしまっていたのでしたー。






# by koguma-nao | 2019-01-21 18:57 | 考察

スインギンロンドンの映画

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私が洋服の仕事をするようになったのも、
とにかく洋服が好きだったから、

一番影響を受けたファッションが、
イギリスの60年代のファッションです。

私はちょうど高校生の頃に、
セックスピストルズというイギリスのパンクに出会い、
ビビアンウエストウッドがすごく好きだったのですが、
ティシャツ一枚買うのも出来ないくらい高い。

その頃はあまり情報もありませんから、
イギリスの雑誌とか、
宝島とかを買っておしゃれを学んだわけです。

そして60年代のファッションにたどり着く。

同年代はそんなのに興味ないですから、
そんなこんなで同級生からも浮いていて、
ボディコンの時代に全く時代に乗り遅れ、
DCブームにも乗り遅れていました。

ちょうど二十歳になった時にイギリスに行き、
絶対ロンドンに住むと決心して、
フィリピンの縫製工場に飛ばされたり、
仕事しながらドレーピングの学校に行ったりしてましたが、

転職した会社はフレンチブーム。
ジャンポールゴルチエのアシスタントデザイナーをしていた
フランス在住の日本人デザイナーに集う同僚から
カジュアルを学び、、、、

革靴からスニーカーへ
グランジにはまり、、、、

一緒にゴルチエにいたという
マルタンマルジェラの話をひとづてに聞いたりして、
マルジェラが私の神みたいになってから、
すこしづつ変わってきたのだけど、

やはり、
古着はデティールの参考にしたり、
研究材料にしてました。

それを活かせる洋服の会社もあれば、
絶対許されない会社もある。

だんだん
自分も古着なんて着るより、
モテる格好をしたいと思うようになり、、、

、、、今は着れるものを着る
普通の中年に。

渋谷の文化村で『マイジェネレーション』という、
スインギンロンドンの映画やると知り、
早速観に行く。

会場はパラパラと、
初老のおにいさん、おねいさんばっかりで、
私が一番若いくらいで、

遠くで、
スカーフがファスナーに
引っかかったという困り切った声、
即座に反応して、
知らないご婦人のスカーフを無傷で取ってあげる。

お節介も今年も健在。

おじさん方は
音楽好きだったんだろうと感じる方
多かったけど、
おばさん方は、
本当に音楽興味あるのか!って方、
家庭的なご婦人ばかりでした。

終わって、エレベータの中で、
好きな曲ばっかりだったーーーと、
ご婦人が嬉しそうに言っていたのを、
これは同志だったと気が付く。

今ではマイナーな曲が流れていたので、
ガチリアルタイムの人がたくさん来てました。

映画の内容は、
イギリスの階級制度は
日本人の私が思っている以上のものという。

そんな時代も空気も中、
突出した才能で労働者階級の若者が、
上流階級の嫌みや大人からの妨害関係なく、
発言力を持った刺激的な時代を生きた若者の
ドキュメンタリー映像。

イギリスのバンドの紹介を見ると、
必ず労働者階級とか、
中級家庭とかありますが、

米須玄師氏、、
労働者家庭育ちとか、、
上流家庭とか、、
そんな紹介は日本ではないですよね、、、

今まで、ピンとこなかったけど、
ようやくわかったような気がして、
好きなバンドの歌詞とか、
怒れる理由がわかりました。

イギリスに行くと、
英語を勉強しているのに
一番言葉が通じないという、、

しかも場所によっては、
あからさまに嫌な顔をされるので、
わざとだなと思ったりもしてましたが、

通じないのは下手だから、
発音って大きいのもうすうす気が付いて、

スペインとかフランスの方が、
むしろ分かり合えるくらいに思っていたのですが、

言葉のアクセントとか、
階級によって全然わからないとか言ってました。

コックニーなまりとか
東北のなまりくらいに思っていましたが、
ピストルズの曲をカバーしている人が歌うのは、
感じ違うなと思うのは、味わいみたいな、

福田こうへいさんは何歌ってもなまりがあるとか、
やはり、吉幾三さんの歌はいいなーとか、
思う感じと思っていましたが、
色々知らないことがあると知りました。

そんな時代に、
労働者階級の若者が、
音楽ファッション、写真とか、、、
そういうもので世界に影響を与えたということから、
衰退まで、、、

話すツイッギーの映像をはじめて見たのですが、
ただかわいいだけなのかと思っていたのですが、
おバカ扱いみたいなインタビュウにちゃんと意見も言えて、
ちょっとイメージと違った感じでしたが、
本当にかわいかったです。

マイジェネレーションと言うくらいだから、
the whoの音楽がたくさんかと思いましたが、
出番も少なく、まんべんなく
この年代の音楽がたくさんかかりました。

私はストーンズのブライアンジョーンズがとにかく大好きで、
初期のストーンズは大好きですが、
後半ストーンズあまり知らないというタイプですが、

ちらちらと、
ブライアンジョーンズが写っていました。

動くのは、
楽器を弾くくらいしか見たことなかったけど、
本やスナップばかりの人でしたが、
ブラブラ歩いてるブライアンジョーンズ、
笑うとしわしわになるブライアンジョーンズ。
猛烈にかっこいいです。

最後にブライアンジョーンズの葬儀の画像
キースとミックジャガーは
ブライアンの葬式にも出なかった、、、
私も知っていたのですが、

キースを通すと
いつもブライアンジョーンズがひどくなる、

キースはおもいきり顔を引きつらせながら
「ブライアンが長生きするなんて想像つかないよ、
早死にしそうなやつが早く死んだのさ」みたいなこと
、、、言っていた、、、

今まではキースってひどいなと思っていたけど、
時代に置き去りにされたどうしようもない友人を
嫌いになったんだろうなと、、、
改めて思い、、しみじみ
思い入れが強すぎる分、涙がでました。

それと同じく、
ちらちらと写っていた、
フーのキースムーンも写っていたが、
同じように早く亡くなってしまった。

時代にうまく乗れる人、
乗り損なって気が付くと残されぱなしの人、

激しさは全然違うけど、
どの時代も同じだなと、

と、、言うのも、
スケールは全然違うのですが、

平成最後、平成もおしまいとか聞くと、
もういっぱいいっぱいになって、
「次の時代に私はついていけない気がする」とか、
言ってしまう。

友人につぶやくと半数くらいの人が、
え??ってかんじですが、
「わかるよー」とか、
「私も昭和を引きづっています!」とか同調してくれる人もいる。

例えば、良く明治の人だから!とか、
困ったように言われている
おじいちゃんおばあちゃんを見たことあるのですが、
昭和一桁だからとか!
それと同じ感覚と思うと、父に話すと、

なんで!!!
年号が変わるだけだよ??と、
どこが難しい??
全く取り合ってもらえない、

おもむろに、
お父さんはきっといとも簡単にちょんまげから
短髪にして脇差を外して、、、
切り替えられるタイプだ!と、
言い放つと、
キョトンとした父。

私は間違いなく、
ちょんまげで脇差しやめられないタイプだからと、
言ってみるのでした。

とんちんかんに
、、、脱線しましたが、

やはり何歳になっても
私はこの60年代ファッションが好きだし、
ずっと影響されてこの時代のカルチャーに
触れる度にドキドキするのでした。

見終わって、
おしゃれそうなおじさんが、
思ったより、いまいちだったと感想を述べあっていた。

あるフイルムをつなぎ合わせた感じで、
リアルタイムの人には、
いまいちだったかもしれない。

私は動くジョンレノン新鮮だった。
若い頃から少し経った、
カラー映像のジョンレノンのファッションと
細い金のネックレスは衝撃的でした。

私はよく若くないからってだけで、
もう絶望的に思ってしまうのですが、
若さにこだわる必要ってないのかも、、

真ん中分けロングヘアのジョンレノンもカッコよく、
その人が作ってきた時代時代の味わいなのだなと
気が付きました。

そして、、渋谷文化村、
次はマルタンマルジェラの映画と知り、
絶対行くと誓うのでした。








# by koguma-nao | 2019-01-13 15:20 | 趣味

自分を取り戻した日

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年末から、
介護や大掃除ばかりで、
ほとほと疲れていました。

自分のやりたい事とか考えないで、
ひたすらやらねばならないことを
メモにして、ひたすらひたすら、、、

そんなこんなしていたら、
しみじみ泣きたくなっていました。

世の中の主婦はそんな感じなのですね。

私はお気楽に過ごした時期が長すぎて、
今頃そんな壁にぶちあたっています。

お正月を完ぺきにこなすのは、
母がとてもこだわっていたこと、
これはある種の呪縛ですが、

本当にこの背筋を伸ばした感覚が嫌だったけど
介護をするようになって、
それもこれも今だけのことだと、
割り切れるようになってきました。

自分ひとりになったら、
正月だからと言って背筋を伸ばしたりしない
背中丸めて旅行とかいくか、
あえてだらしなく寝て暮らすとか、
お正月など徹底無視するだろう。

今だけきちんと家族と言うのを
味わおうと思っているわけですが、
それでもなんだか、
自分ばっかり掃除、介護している気がして
もやもやして、心底疲れたりする。

寒い冬は一層もやもやする。

お正月が終わって、
新年会に出かける。

おもいきり背中を丸めて、
相当おいしいお肉を無心に食べる、
食べる、、、、

どんどんいい感じに焼いてもらって、
パクパク食べているうちに、
幸せの燃料が満タンになっていく。

かなりマイナス思考で、
もうだめだ位に弱くなってましたが、
強さを取り戻し、
ムキムキと私はもっとやれる!って
気になっていました。

疲れたらお肉を無心に食べるって、
すごい滋養効果です!

話は変わって、
少し前の話ですが、

クリスマスに友人達と、
川口にある映像ミュージアム行きました。

そこは意外とおもしろくて、
大人だけでもワイワイやれるので、
笑いが止まらないくらい、
面白い館だったのですが、

企画展でゲーム機展、、、
ゲームをひたすらできます。

私は20代の頃、、、
その頃好きだった男性と
ゲームセンター入り浸りでした。

バーチャファイターがはじまりの頃で、
ひたすら対戦していましたので、
自分は強いという記憶が!

20年以上ぶりで、
友人と対戦しましたが、
私は猛烈に強かった。

、、、ですが、

ひたすらローキックだけを繰り返す戦法に、
見ていた友人達は、
思い切り引いていました。

猪木さんが寝転んで
モハメドアリにひたすらキックを、、、
アリキック。

その画像を見た時、
卑怯!!!??と思ったのですが、
その時の感覚かもしれません。

気を取り直して、
みんなでダンスのゲームしたり、
曲に合わせてリズムのゲームしたり、

家庭用ゲームも展示していました。

何十年も前の話、
義姉が洗面台に指輪を流してしまったので、
母がかわいそうにと、
金の指輪を買ってあげた時があって、

私は今まで
母になにか買ってもらったことなどない!と、
嫌味を言ったら、
母がいきなり家を飛び出して行きました。

家出をしたかと心配していると、
両手に大きな箱を抱えて帰って来て、
セガサターン(笑)買ってくれました。

ひとり暮らしの頃は
ひたすらセガサターンしていました。

懐かしい任天堂とか、
セガサターンとか見ながら、
そんなこんなの展示の終盤に、
『シーマン』がいました。

人面魚みたいな、
かわいくないおっさんみたいのですが、
育成ゲームというのでしょうか、、

初めてだったので、
係員の方に教わりながら、

シーマン!っと呼びかけると、
知らんぷり、、

シーマンばーか
シーマンばーかというと、

ん???なんだ?って
返事が返ってきました。

シーマンおりこう!と言ったら、
はは、、、(笑)って返事が、

シーマン大好き
シーマン大好きって、言うと、

おまえ、、あそんでるな!って
言われてしまいました!!!

私は自分の事、
意外とコミュニケーション能力が
あると思い込んでいましたが、

会話下手。
シーマンに完敗しました。

シーマンにコミュニケーションを学ぶ
シーマンともっと話したいと
シーマン欲しいと思いました(笑)

ゲームと話したいなんて
やばめです、、





# by koguma-nao | 2019-01-07 21:39 | 食べる

植物染料を使った絞り染めの布を作る染色作家


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